【歴 史】
 
光明園は、昭和27年9月に東京都練馬区豊玉北に、弁栄聖者の教えを広く伝えることを目的として、弁栄聖者の高弟である田中木叉上人を初代園首として開設されました。単立の宗教法人として独自の活動を行い、東京でも大変ユニークな「念仏道場」として、月の例会として「お念仏と法話」「一行三昧」等の行事を開催しています。
光明主義は、『無量寿経』の如来光明歎徳章(十二光礼讃)を教えの根源とし、また、キリストの教義もその視野にいれた大きな教えとしていることもあり、念仏をされるかたは、各宗派や各教義にとらわれることなく、多くの方々の念仏道場として開放されています。
園主は初代 田中木叉上人、二代目 河波定昌上人、そして現在は大南龍昇上人が三代目の園主となっています。
 
【設立目的】
 
 光明園は宗教法人として、昭和27年9月29日に設立されました。その目的は、「阿弥陀如来を本尊とし、如来光明礼拝儀を経典とし、弁栄聖者の教義を信奉して、その教義をひろめ、念仏三昧を修行し、如来光明を日常生活の上に実現しつつ、これを社会に宣布するため修行、法話、その他の儀式行事を行い、及び信者を教化育成すること」です。
設立にあたっては、田中木叉上人に師事し、信仰篤い松井信成、いとの夫妻の私財を浄財の中心として、多くの信者のご喜捨をいただきました。
 
【初代園主】
 
田中木叉(たなかもくしゃ)上人
1884年〜1974年(明治17年〜昭和49年)。号は仏子木叉であり、山崎弁栄上人の高弟です。長崎県南松浦郡新魚目町浄福寺田中光道の長男として生まれ、徹と名付けられました。浄土宗第八教校、第一高等学校、東京帝国大学に進み、英文学をおさめられたうえ、さらに哲学(美学)を専攻しました。1910年7月伝通院にて伝宗伝戒をうけました。1918年(大正7)東京増上寺境内多聞室での山崎弁栄上人との出会いから、光明主義による念仏運動の中軸として布教活動に入られました。
 昭和27年より光明園園首として、念仏およびご法話による布教活動に努められました。
■著書
『日本の光−弁栄上人伝』(光明修養会)
■編書
『弁栄聖者 光明体系』 全8巻
『弁栄聖者 御慈悲のたより』
 
【二代目園主】
 
河波定昌(かわなみじょうしょう)上人
1930年〜2016年(昭和5年〜平成26年)。戒名は賢蓮社光誉上人定昌大和尚であり、田中木叉上人の高弟です。京都府福知山に生まれ、昌と名付けられました。九州大学文学部インド哲学科で学び、京都大学大学院文学研究科博士課程修了後、東洋大学に勤務し、同大学付属東洋学研究所所長などを歴任、2000年に退職されました。文学博士、東洋大学名誉教授。その間、東西宗教交流学会会長、日本宗教学会、比較思想学会、日本ヤスパース協会、日本クザーヌス学会等の理事評議員を務められました
学生時代から光明主義にご縁があり、田中木叉上人をはじめとして、藤本浄本上人、山本空外上人など、多くのお上人との交流があり、2003年(平成15年)から光明会上首上人になられました。
昭和62年より2代目園主として、念仏およびご法話による布教活動に努められました。
[■著書
『大乗仏教思想論攷』(大東出版社1994年) 
『東西宗教哲学論攷』(北樹出版 1994年)
『場所論の種々相』(編著)(北樹出版 1997年)
『浄土仏教思想論』(北樹出版 2001年) 
『形相と空』(春風社 2003年)
『光の現象学』(ミオヤの光社 2003年) 他

論文
「visio Deiの諸相」(日本クザーヌス学会)
「形相と空(独文)」(ウイーン大学哲学年報)他
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光明園は、昭和27年9月に東京都練馬区豊玉北に開設されました。
東京でも大変ユニークな「念仏道場」として、月の例会として「お念仏とご法話」「一行三昧」等の行事を開催しています。
念仏をされるかたは、各宗派や各教義にとらわれることなく、多くの方々の念仏道場として開放されています。

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